透析時に持続的に血圧が低下する患者様がどこの施設にもいると思います。
そもそも除水も行なっているので、除水に伴う循環血液量の低下からの低血圧と予想する場合も多いと思います。
透析時の低血圧はそれ以上の除水治療の妨げになるので、様々な対応策が昔から試されています。
そんな対策の一つとして10%Naclの静注というものがあります。
生体と等張なNaclは0.9%ですので10倍の塩化ナトリウムであり、高張液といったりします。
この高張な塩化ナトリウム液を静注する事で、血管内血液の浸透圧を高くさせ血液と組織間液との濃度勾配を上昇させる事でプラズマリフィリング(血管内に末梢から血漿が再充填される現象)速度を高めようとする策です。
この方法は本当に効果があるのでしょうか?
まずは机上計算から
それでは一般的に10%Naclを静注する場合どの程度Na濃度が上昇するのか(浸透圧が上昇するか)を計算してみます。
静注する10%Naclは一般的な20ccとして、50kgの体重で循環血液量が70ml/kgとし、3500mlの循環血液量とします。
血液のNa濃度は一般的な145meq/Lとします。
10%Naclの詳細はNaが1711meq/Lの濃度で入っています。
Naの総量は145×3.5=507.5meq
これに1.711/ml×20ccを加えると
507.5+34.22=541.72meqとなります。
これを濃度とすると154.7meq/Lになる計算です。
浸透圧はおおよそ9.8×2(Cl分も勘定する)として19.6mosmも上昇する事になります。
なんか値的には効果がありそうですね。
もし最初のNa濃度145meq/Lまで体内のホメオスタシスが働けば血管内にどの程度の水が入る事のなるのでしょうか?
実際には154.7meq/Lと上昇したNa濃度を下げようと細胞内液が細胞外に移動し薄めます。
Naの全量は154.7meq/L×3.5Lで541.45meqとします。
145meq/Lとしたいのでそれに見合う循環血液量は
145meq/L=541.45/(循環血液量)
循環血液量=541.45/145
循環血液量≒3.7L
最初は3.5Lですが10%Nacl 20ccを投与する事によって循環血液量が180cc程度増える机上計算でわかりました。
なんかイマイチですね。たった180ccだったら、除水速度を減らして時間を伸ばしたほうが良いでしょう。
10%Naclの静注の効果は机上計算ではあまり芳しい効果は無いですね。
透析時の10%Nacl静注の弊害について
さて10%Nacl静注の効果について実際に計算してあまり大した事がないとわかったところで、弊害についても記述しておきます。
まず、静注したNaclは透析によって除去されないと言う事です。
生体内ではイオンの急激な上昇や低下を防ぐ為にホメオスタシスが機能します。
上記計算でおこるNaの上昇も細胞内液からの水の移動で即座に薄められ元の145meq/L程度にもどされるのです。
ですので、細胞内液と細胞外液の濃度勾配が均衡するので10%Nacl静注をしれば2gの食塩を体にいれた状態で透析を終える事になります。
それはすなわち、次回の透析時の体重増加につながります。悪のスパイラルとなるのです。
10%Nacl静注をし、さらに塩分も透析によって除去しようとすればNa濃度は等張(透析液と)となっているので、除水をしないと塩分除去はできないのです。
中には10%Nacl静注した塩分は30分で透析で除去できるという意味不明の記述をしているサイトがありますが、嘘です。
透析を延長したり、効率をあげたとしても透析のNa濃度が145mea/L程度(透析液と等張)なら透析液と血液のNa濃度勾配がないので、除去できないのです。
ここでも同様の事が書かれています。
まとめ
透析患者の透析時10%Nacl静注はやっても意味がないばかりか有害であるという事がわかります。